インタビューシリーズ「未来の海藻のつくり方」:VOL.8

陸の野菜は、それぞれ形や色や栄養が異なるように、“海の野菜”とも言われる海藻も一つひとつ個性があります。海藻の種類がさまざまなように、シーベジタブルにもさまざまな人が携わっています。研究者や料理人といった各分野のスペシャリストをはじめ、製品開発やプロデュースやロジスティックに携わるメンバーまで。

このインタビューシリーズでは、シーベジタブルに関わる内外の人々に話を聞くことで、海藻を取り巻く環境や、未来の食の可能性をのぞいていきます。

第八回は、これまで「テストキッチン」と呼んできた組織を「SEAVEGE- Kitchen Lab」へと名称変更したこのタイミングで、その新体制を率いるリーダー・塚本みなみに話を聞きました。2025年夏、立ち上げメンバーの石坂秀威が新たな挑戦に向けて旅立ち、そのバトンを受け取った塚本は、日々の試作や発酵の実験を重ねながら、「日常に寄り添う、美しい料理」を目指しています。その視点を追いました。

海藻と毎日向き合う。塚本が考える「食べる」のこれから

― 料理の世界に進もうと思ったのは、どんなきっかけからでしたか。

専門学校を卒業して、最初に入ったのは外資系ホテルの厨房でした。まちにある高級レストランと悩んだのですが、料理以外の分野で仕事をしているメンバーや異なるバックグラウンドを持つメンバーと交流することができ、外資系ホテルを選んで良かったと感じています。ホテルでは、仕込みや盛りつけ、洗い物まで全部が勉強で、毎日があっという間に過ぎていく5年間でした。

海外のシェフも多かったので、日本では見たことのない食材の組み合わせや考え方にたくさん出会いました。たとえば、甘味と塩味のバランスの取り方とか、一つの皿の中で驚きをどう作るかという視点。それを見て、「料理って文化を越えた対話なんだ」と感じたんです。この経験が、今の自分の「素材と対話する」という姿勢の原点になっています。
― ホテルでの経験を経て、料理への向き合い方にも変化があったと聞きました。

ホテルでの仕事を通して、「料理は文化の対話」だと感じるようになったころ、次第に<フレンチを極めるより、様々な国のシェフたちの料理法と出会いたい>という思いが強くなりました。同時に、<日々使っている食材が、どんなふうに育てられているのか>ということにも興味がわいてきました。複数の国を訪れましたが、最も影響を受けたシェフがオーストラリア人だったこともあり、ワーキングホリデー先として、オーストラリアを選びました。

ワーホリ1年目はレストランで働き、2年目は、オーガニック農家の家庭でボランティアとして働きました。家畜を育てて、その堆肥で野菜を作り、雨水をタンクに溜めて使う。「限られた環境の中で循環させる暮らし」を間近で見て、育てることと食べることは本当に地続きなんだと感じました。

その経験が、今の「食材の背景を知りたい」という気持ちにつながっています。ただおいしい料理を作るだけではなく、どう生まれたかを理解したうえで料理をしたい。そう思うようになったのは、このオーストラリアでの2年間が大きかったですね。

海藻と出会い、食材に教えられる

― はじめてシーベジタブルの料理に触れたとき、どんなことを感じましたか。

きっかけは、2021年に当時テストキッチンを率いていた石坂秀威さんからのお誘いでした。「今度ポップアップをやるから、手伝いに来ない?」と声をかけてもらって。秀威さんとは、以前レストラン〈INUA〉で一緒に働いたことがありました。世界的にも注目を集めたあの厨房で、食材と真摯に向き合う姿勢を間近で見てきたので、彼が新しい舞台で何を始めようとしているのか、純粋に気になったんです。その時はまだ、シーベジタブルがどんな活動をしているかもよく知らなかったのですが、秀威さんが新しい食材や現場に真剣に向き合っているのを知っていたので、面白そうだなと思って参加することにしました。

当日、初めて口にしたのがすじ青のりを使った料理でした。香りを感じた瞬間、衝撃を受けたのを覚えています。秀威さんがクリエイティブするINUAの懐かしさを感じながら、同時に脇役だと思っていた海藻が主役として立っていたことに驚き、「もっと知りたい」と自然に思ったんです。

その後、正式にジョインすることになり、キッチンで一緒に作業をするうちに、秀威さんが目指していた海藻をメインに料理として成立させるという挑戦に強く共感するようになりました。毎日毎日、生の海藻の状態を見て、茹でて、乾燥させて、その変化を一つずつ確かめていくうちに、少しずつ理解できるようになりました。料理をしているというより、食材に教えてもらっている感覚に近いです。そうやって触っているうちに、「海藻が陸上の植物同様に成長するには、光合成や栄養が必要で、呼吸してるんだ」と感じるようになりました。

― 石坂秀威さんから旧テストキッチン(現在の SEAVEGE- Kitchen Lab)を引き継いだとき、どんなことを感じましたか。

秀威さんの料理には、いつも発見がありました。素材の組み合わせ方も、発酵の扱い方も、まったく新しい。4年近くずっと横で見ていて、「どうしてこんな発想が出てくるんだろう」と驚くばかりでした。でも同時に、そういうひらめき型のアプローチは私にはできないな、とも思ったんです。私は一つずつ確認しながら、少しずつ形にしていくタイプです。

だから、秀威さんのやり方を真似するのではなく、自分のスタイルでチームを導いていきたいと思いました。SEAVEGE- Kitchen Labを個人の場からチームの場に変えていく。みんなで意見を出し合って、新しい味を探していく。そのプロセス自体が、私たちのものづくりだと思っています。

日々、そんなふうに過ごしていると、SEAVEGE- Kitchen Labという場所は、私にとって生活の延長にあるように感じます。誰かが「おいしいね」と言ってくれたら、次はもっと良くしたくなる。その繰り返しが、私たちを前に進めてくれる。だから、私の仕事はまとめることではなく、みんなの感覚を響かせることなのかもしれません。

海の研究と、台所をつなぐ


―  海藻が育つ現場や、研究のチームとはどのように連携しているのですか。

SEAVEGE- Kitchen Labの仕事は、料理をつくるだけではありません。海藻が育つ現場での知見や、研究チームのデータをもとに、「どうすれば一番おいしい状態で届けられるか」を考える場所でもあります。実際に現地へ行って、生産チームのみなさんから話を聞くこともあります。たとえば、成長具合と水温、異物の付着具合、成熟具合などが、SEAVEGE- Kitchen Labでの試作や加工方法の判断につながっていきます。

主に陸上栽培の青のりに関する取り組みが多いですが、青のりしょうゆを製造する際には、使用するすじ青のりの状態はもちろん、ヒジキなど他の海藻についても、「この温度で茹でたほうが色味や食感が良い」「この乾燥時間だと色をより美しく保てる」といった検証を重ねています。

海藻ごとの特性に向き合いながら、よりおいしい加工方法の開発と、品質を安定させるための管理を徹底していく。そのための試行錯誤を、日々積み重ねています。

生産現場や研究室で得られた発見を、加工方法の選定や料理というかたちに落とし込み、お客様に伝えていく。現場と研究、そして食べる人をつなぐ中継地点のような場所が、SEAVEGE- Kitchen Lab だと考えています。

海藻は、まるで日によって表情を変えるように、香りや手触りが時期によって少しずつ違うんです。海藻の状態を観察することは、料理を通じて海を知ることでもある。その感覚を、これからも大切にしていきたいです。

おいしさの裏側を支える実験室

― SEAVEGE- Kitchen Labでは、品質管理も大切な役割の一つですね。

シーベジタブルのSEAVEGE- Kitchen Labでは、新しい海藻商品の開発やレシピの検証、保存や加工の実験など、「海藻をどうしたらいちばんおいしく食べてもらえるか」を探るためのあらゆる試作を行っています。海藻は気温や潮の流れによって姿を変える、とても繊細な食材です。だからこそ、ここでは科学的な観察と料理人の感覚の両方が欠かせません。
商品として世に出す以上、どんな条件でもできる限り同じ品質と味を保つ必要があります。でも、海藻は自然のものなので、毎回状態が違う。乾燥の具合、塩分、香り、粘り。ほんの少しの違いが味に大きく影響します。

だから、どんな加工をすれば美味しくお客様に届けられるのか、一つひとつ条件を変えながら、数ヶ月かけて検証していきます。まるで理科の実験のような日々ですが、その積み重ねがおいしさの安定につながっていくんです。
毎日海藻を扱っていると、手触りや香りの違いにも敏感になっていく。乾燥するときのかすかな温度や湿度の差や、茹でた瞬間に広がる香り。そういう小さな変化の中に、海藻の個性が隠れています。


©Nathalie Cantacuzino

― いま、特に興味を持って探っているテーマはありますか。

発酵をテーマにした調味料を増やしていきたいです。〈青のりしょうゆ〉に続いて、他の海藻でも旨味の違うしょうゆを作れないか試しています。クロノリを使った試作もしていて、発酵の温度や塩分濃度を少し変えるだけで、驚くほど味が変わります。発酵は、素材が持つ力を解き放つプロセスだと思っているのですが、その面白さに夢中になっています。

さらに今後は、味噌や塩麹など、新たな海藻を使った発酵調味料にも挑戦したいです。まだ試作段階ですが、香りや色の変化を観察するのが楽しくて。商品化には衛生面や法的な基準などもあってハードルが高いですが、新しい食文化をつくるためには、誰もやっていないことをやるしかない。そういう実験精神を、これからも大切にしていきたいと思っています。

「おいしい」は、対話のはじまり

― 「おいしさ」とは、塚本さんにとってどんな意味を持っていますか。

ホテルで働いていたときに学んだのは、味はおいしさの一部だと言うことです。盛り付け方や色のバランス、空間や接客によって、人の感じ方は全然違うんです。SEAVEGE- Kitchen Labでも、味だけでなく、見た瞬間においしそうと思ってもらえるような、そんな料理を意識しています。

でも同時に、日常に馴染む軽やかさも大事にしたい。非日常の美しさと、日常の温かさのあいだを行き来するような料理。海藻が特別なものではなく、身近なものになるきっかけを、一皿の中で作っていけたらいいなと思っています。そうやって、海藻のある食卓が当たり前になる未来を少しずつ形にしていきたいです。

海藻は、まだ知られていない味の世界をたくさん持っています。だからこそ、もっと自由に、もっと楽しく。おいしいを通して、人と海をつなげていきたいです。料理をしていて一番うれしいのは、誰かが「これ、おいしいね」と言ってくれる瞬間。それが、私たちの実験を次へと進めてくれます。

日常に寄り添う、美しい料理を

この日、塚本が提供してくれた二皿。

〈海藻のフォー〉
コリコリとした食感が特徴のスーナを混ぜ込んだ鶏つくね。とさかのりの彩りが美しいフォーです。自家製のフォーのスープには、青のりしょうゆを隠し味として加えました。透き通ったスープの中に、海藻の甘みと塩味が繊細に広がります。ヘルシーで食べ応えのある一品。

〈すじ青のりしょうゆの搾りカスでマリネした豚〉
発酵の過程で生まれた〈青のりしょうゆ〉の搾りかすを再利用。ほのかな塩味と旨味が豚肉にしっとりと染み込み、香ばしく焼くと青のりの風味が立ち上がります。発酵の副産物をおいしく活かす塚本らしい一品。

海藻を日常へ届ける試み

SEAVEGE- Kitchen Labでは、日々の試作や発酵の実験から、実際に商品として形になるものも生まれています。料理開発の延長にある「おいしい」を、特別な日だけでなく、日々の食卓にも少しずつ届けたい。そんな思いから生まれた2つのプロダクトを紹介します。

海のパウンドケーキ -すじ青のり-
重厚感のあるしっとりとした生地に、すじ青のりの風味が溶け込んだパウンドケーキ。生地に、すじ青のり原藻をあえて大きな状態で混ぜ合わせることにより、より一層奥行きのある風味に仕上げました。抹茶のような味わいもするパウンドケーキは、口に含んだ瞬間、ふわっと広がるすじ青のりの豊かな香りに包まれます。

青のりしょうゆ
生のすじ青のりを主原料に、海水を使用したミネラル豊富な天然塩と上質な天然地下軟水、 農薬・化学肥料不使用の米でつくられた米麹を合わせて発酵させることで、大豆不使用のかつてない調味料ができあがりました。

※全国的な米の供給状況を踏まえ、2025年10月以降に販売する製品には、原料米の種類を変更する可能性があります。

塚本みなみ(SEAVEGE- Kitchen Lab リーダー/合同会社シーベジタブル)

東京の外資系5つ星ホテルでキャリアをスタートし、国際色豊かな環境で多様な食材に触れたことをきっかけに、海外での経験を志す。上海やシドニーでは農業や畜産にも携わり、生産者との交流を通じて自然と食文化のつながりを感じる。帰国後は、家庭菜園やコンポストに取り組み、自然と料理を結びつける楽しさを知る。その後、ル・コルドンブルーでのシェフアシスタントや小規模レストランのヘッドシェフを経て、nomaの姉妹店「INUA」に勤務。その後、自然農法の米作りを学びながら自然との関わりを一層深めた。INUA時代に出会った石坂秀威(元シーベジタブル料理開発担当/シェフ)との縁から海藻に興味を持ち、2021年より石坂の活動を手伝い始め、2022年にシーベジタブルに加わり、今に至る。


このインタビューを通して、SEAVEGE- Kitchen Labの現場や仕事のあり方に興味を持っていただけた方へ。現在、新しい仲間を募集しています。

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