インタビューシリーズ「未来の海藻のつくり方」:VOL.3

陸の野菜は、それぞれ形や色や栄養が異なるように、“海の野菜”とも言われる海藻も一つひとつ個性があります。海藻の種類がさまざまなように、シーベジタブルにもさまざまな人が携わっています。研究者や料理人といった各分野のスペシャリストをはじめ、製品開発やプロデュースやロジスティックに携わるメンバーまで。

このインタビューシリーズでは、シーベジタブルに関わる内外の人々に話を聞くことで、海藻を取り巻く環境や、未来の食の可能性をのぞいていきます。

第三回目は、シーベジタブルでマネージャーを務める寺松千尋に話を聞きました。寺松は、2020年に入社して以来、料理人や飲食店経営者や企業担当者らと最も多く対話を重ねてきた一人です。シーベジタブルの創立から5年に満たない頃から、従来の海藻の評価を覆し、新たな海藻の魅力や食べ方を発信してきました。最近では、「海沿いで暮らす人々の生活と都市部の食文化をしっかりとつなぎたい」と語る寺松。その想いに迫ります。


道なき道を歩んで、共に海藻を探求するパートナーと出会えた

ー 寺松さんはシーベジタブルのマネージャーとして、どのような役割を担っていらっしゃいますか?

シーベジタブルは、海藻の研究と生産、加工、販売、そして、海藻の食べ方まで提案する会社です。私は主に、営業チームの統括に関わっていて二つの役割を担っています。一つ目は、実際に食べていただくことで海藻の魅力をより感じていただけるように海藻試食会などのイベントを実施し、新しいお取り組み先様への商品のご提案や、業務用に特化した食品の展示会に出店して商談機会をつくること。

二つ目は、お問い合わせをいただいた個社へのご提案です。例えば、「来年7月にこういうメニューを開発したいけど、それに合う海藻はありますか?」という問い合わせをいただく場合、相手のニーズや食材との組み合わせを考えて商品や価格のご提案をしています。継続的なお取引に止まらず、協業という形で進む場合は、プロジェクトマネジメントを担うチームや、品質管理のメンバーと一緒に進めていきます。

ー 寺松さんが2020年にシーベジタブルへ入社されて以来、どのような変化を感じていますか?

当時は「できたてポテトチップ」でお馴染みの菊水堂さんや、生産拠点の一つである高知県で焼き菓子を製造する庄壽庵さんなどに、すじ青のりを使っていただいていました。その頃は電話営業もしていて、シーベジタブルのことを知らないという前提でコミュニケーションを取ることが多かったんですが、今は、既存のお客様からのご紹介や、ありがたいことに「ご一緒したい」と言ってくださる企業やパートナーの方々と繋がりを広げています。お取引先が増えたことで、シーベジタブルに関わる仲間も増えて、プロジェクトを推進するスピードが上がりました。

ー その中でも、特に大きな変化だと感じることは何でしょうか?

2021年に、当時「INUA」というミシュラン2つ星のレストランでスーシェフとして在籍していた石坂秀威が、シーベジタブルの料理開発担当としてジョインしてくれたことです。元々INUAはオープン当時から様々な種類の海藻を用いた独創的な料理を提供していましたが、その開発に関わっていたのが石坂でした。シーベジタブルが中目黒にテストキッチンを開設してからは、石坂が培ってきたこれまでの経験を活かして様々な海藻を使った調味料や調理方法の開発を行いました。

中でも、これまで昭和の時代からアップデートされてこなかった海藻の加工方法を見直して、料理人の視点で開発した商品「プレミアム サラダ海藻シリーズ」にはとても思い入れがあります。他にも、アーリーアダプターの料理人に向けた海藻料理の試食会を何度か開催してきました。そのときに参加してくださった方の中には、青のりトーストのレシピを考案してくださった東向島珈琲店マスターの井奈波康貴さんや、料理研究家の樋口直哉さん、伊勢丹新宿店のバイヤー 真野重雄さんなど、その後プロジェクトをご一緒することになった方々もいました。

2021年には、すし作家の岡田大介さんが、シーベジタブルのパートナーシェフとしてジョインしてくださり、秀威さんとは別の切り口で、一般向けの海藻料理を振る舞う交流会を開催するようになりました。実際に海藻を食べてもらえる場があることで、海藻の調理方法や、香りや手触りといった魅力をダイレクトに伝えることができます。こうした機会を通じて、海藻の可能性を一緒に探究するパートナーとたくさん出会うことができています。


陸上で育てる「すじ青のり」の魅力とは?

ー シーベジタブルでは世界初となる、清浄でミネラル豊富な地下海水を用いて「すじ青のり」を陸上で栽培しています。陸上で育てることによる特徴は何でしょうか?

お客様からよくいただく声は、主に二つあります。一つは、青のりの香りが他社品に比べて良いこと。二つ目は、海面養殖品に比べて異物が少ないという点です。この二つの理由こそが、陸上栽培の特徴と言えます。

青のりは海藻の中でも、よく「磯の香り」と言われている香りの成分が、他の海藻と比べて高いことが科学的に証明されています。外部の研究機関に依頼して、シーベジタブルの「すじ青のり」の香りの成分分析を行ったところ、他社品に比べ最大で約4.57倍高いという結果がでました。

ー 通年で安定的に供給できる理由は?

シーベジタブルの陸上栽培は、独自に開発した設備や生産ノウハウによって、陸上に設置した浅い水槽で攪拌しながら育てています。これにより、青のりに日光が均等に当たり、生育ムラが少なく安定して良い品質に仕上がります。

実は、全国の河川に生えている青のりは、それぞれの環境に適応しながら変異するので、品質にばらつきが生まれます。一方で、私たちは、たくさんの地域の青のりの株を保有していて、季節に応じて最も適した株を選んで育てています。乾燥工程も独自のプログラムを用い、各部門の専門家が改善を重ねながら、一番おいしく食べられる方法で仕上げています。

異物が少ない点に関しては、地下海水(*1)を取水し、掛け流しで栽培しているため、海由来の夾雑物(きょうざつぶつ)の混入リスクが低いのです。また、外部工場にて3mm程度に粉砕加工を施し、機械による異物選別を行うことで、水槽の外から飛来する可能性のある異物を除去しています。

品質管理は、メーカーさんが最も気にされる部分であり、陸上養殖品では通常より少ない異物選別回数で加工ができるとお墨付きをいただける品質なんです。こうした取り組みを通じて、陸上栽培の強みを最大限に生かした商品をお届けできていると思います。

(*1)一部の養殖場では表層水を使用

ー シーベジタブルのすじ青のりは、国内で高いシェアを誇りますが、寺松さん自身は、海藻の「可能性」をどのように感じていますか?

世の中には、様々なフードテックが日々生まれていて、私たちの食生活をより便利にして、驚きや楽しみを提供してくれます。そうした進化は素晴らしいですが、私自身は、代々受け継がれてきた食文化や伝統的な食材の良さに価値を感じています。こうした魅力と、未知の分野や新しい要素との掛け合わせに注目していきたい。もしかしたら、このバランスが人間の好奇心を刺激し、「もっと食べてみたい」「もっと知りたい」という気持ちにつながるのではないかと考えています。

長いこと受け継がれてきた海藻には、まだまだ多くの可能性があります。見たこともない全く新しいものを提案するのではなく、「知っていると思っていたけれど、実は知らなかった!」と言ってもらえることに、私は面白みを感じています。


多様な分野の人々と関わりながら、海を豊かにする

ーシーベジタブルを通じて、実現したいことがあれば教えてください。

シーベジタブルという社名には、「海の野菜」という意味が込められています。海藻は日本近海に約1500種類あると言われていて、そのほとんどが食利用できますが、地域性の高い食材で収穫量も少ないことから、全国流通する機会がありません。そのため、おいしい調理方法もまだ知られていません。皆さんにお届けできる海藻を増やしていくと同時に、スーパーで「今日はどの海藻を買おうかな」と選んでもらえるように、海藻の魅力を伝えていきたいです。

先日、富山の海沿いにある滑川という地域で講演会に招いていただきました。滑川は、昔から海産物が豊富にとれる地域で、海の恵みを享受しながら生活してきた街ですが、地元の方たちからは、徐々に海藻が減っているという話を聞きました。滑川に限らず、いま日本各地で同じような現象が起きています。これは、沿岸部で暮らす人々の生業に変化をもたらすだけではなく、海藻が減少することで、海の生態系にも深く影響を及ぼすことを意味しています。

シーベジタブルでは、海藻を陸上と海面のどちらでも生産していますが、「海を豊かにする」という点で、特に海面栽培の動きを加速していく必要があります。漁業権を持っている各地の漁師さんと連携して海面栽培ができる面積を増やしていくことで、海藻の生産量が増えます。海藻が形成する藻場は“海のゆりかご”と言われるように、魚や貝などの生き物たちの命を育む機能があり、海の生態系のバランスを保っています。海藻を育てることで海の生態系を回復していくことにも繋がり、漁師さんの仕事もつくることができます。

シーベジタブルの活動を通して、海沿いで暮らす人々の生活と、都市部で食べ支えるための食文化がつながりあい、その結果、海の豊かさの回復にもつながる、そんな関係がつくれたらいいなと思っています。


ー その未来を実現するために、どんなパートナーを必要としていますか?

シーベジタブルは、売上を伸ばすことだけを追求した会社ではありませんが、30年かけてゆっくり成長すればよいとは考えていません。気候変動の影響で海の水温が上がり、日に日に海洋環境は悪化しています。一日でも早く、海の未来を明るくする仕組みづくりが大切だと思っています。

しかし、海を豊かにすることは、私たちだけでは実現できません。そのためには、水産業に関わる人たちだけではなく、今まで海に接点がなかった業種の人々にも、私たちの取り組みを知ってもらう必要があります。実は既に、非水産業の企業からも「一緒にやりたい」と言ってくださる流れが生まれはじめています。だからこそ、「いつか連絡を待っています」ではなく、「今から一緒にはじめましょう」というメッセージを発信していきたいです

ー 最後に、寺松さんの好きな海藻を教えてください。

よく使うのは、すじ青のりですが、とさかのりが好きです。私はエスニック系の料理が好きなので、岡田さんがパクチーと、とさかのりを和えて作ったサラダを初めて食べた衝撃は今でも覚えています。他にも、ゆでた鶏肉と、とさかのりを中華風にアレンジするのも好きです。魚や肉がなくても海藻を混ぜるだけで食べ応え抜群のヘルシーな一品になって、食感も楽しくなりますよ。

とさかのり

とさかのりは、九州などでとれていましたが、現在は環境省版レッドリストの準絶滅危惧種(※2022年5月時点)に指定されているほど減少しています。紅藻類の中でも色と食感が特徴で、加熱で溶ける性質があり、調理方法によって食感と形状の変化を楽しめます。シーベジタブルの公式サイトで、とさかのりのレシピをご紹介していますので、ぜひチェックしてみてください。

寺松千尋(マネージャー/合同会社シーベジタブル)

1996年、富山県富山市生まれ。大学在学中にカンボジアでのインターンシップを経験したことで人生観が大きく変わり、平和学を学ぶことを決意。卒業後、ウェディング業界や飲食業界で働く中で「様々な人々の暮らしを豊かにする仕事に携わりたい」と強く感じ、2020年にシーベジタブルに入社。創立4年目の創業期で、バックオフィスから営業部、広報、イベント、テストキッチンチームなど、さまざまな部門の立ち上げに関わる。現在は、海藻を野菜のように身近な食材として普及させることで、海も人もすこやかになる未来を目指して奮闘中。

 

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